次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
「もうほかにないかな。」
大倉先生はあらためて教室を?A ?見回した。私はそのとたん、?B ?右手を高くさしあげた。
「あります。先生!」
心臓がとんとんと波打った。五十人の級友の瞳が?C ?私の上に注がれた。先生は静かに、
「須藤市太!」と、私を指名した。私は?D?息をはずませて立ち上がった。
「はい、おらとも言います」
大きく、はっきりと答えて着席すると、級友たちの爆笑が教室中にうずを巻いた。私はその嘲笑に似たうず巻きの中で、はじめて自分のへまを感じた。が、一度口から出た言葉は取り返す術もない。私はまた赤くなってうつむいていると、その時いきなり立ち上がって抗議を申し込んだ生徒がある。
「先生、おらというのは下品な言葉です。そんな言葉を使っちゃいけんと、串本先生が言われました。」
見ると、それは山本医院の二番息子の山本春美であった。山本医院は村一番の分限者で、春美は二年生の時までは級長をしていたが、三年生になってからは副級長にもしてもらえず、ひらの生徒になっていた。たぶん大倉先生がひいきをしなかったためであろう。少なくとも私たち生徒仲間ではそういう風評であった。級長の職権をかさにきて生徒の並び方が悪いと言って編み上げぐつで(?E?春美は学校中でただ一人くつをはいていた)私たちの素足をけって歩かないだけでも、皆がどんなにうれしかったか知れない。
ところで、大倉先生は春美の抗議には何の返事も与えず、そ知らぬ顔で黒板の続きに一きわ大きくおらと書き添えた。すると、春美はもう一度立って?F?青い顔のうすいくちびるを前に突き出して言った。
「先生!おらと言ってはいけんのじゃないのですか。」
その語調は、自分の意見を大倉先生にまで強いようとするかのように聞こえた。先生はしばらく黙ったまま、じっと春美の顔を見すえていたが、
「使っちゃよいか悪いか、そんなことをいま調べとるのじゃない。」
小さくはあるが底力のある声で答えて、分厚なくちびるをぎゅっとひきしめた。教室がしんと静まってせき一つ出なかった。たわ
いのないもので、まったく人間というやつはたわいのないもので、さっきまで私を嘲笑していた五十人の級友は、ことごとく私の味方になったかのごとく思われた。その豹変ぶりに私はかえって憎らしさをさえ感じた。
問一ACに入れることばとして最も適当なものを次の中からそれぞれ選び、記号で答えなさい。
ア いっせいにイ ひっそりとウ ぐるりと
エ いきなりオ おそるおそる
問二D「息をはずませて」とあるが、これと同じような「私」の心の動きが表現されている最も適当な箇所を、一文で抜き出しなさい。
問三E「春美は学校中でただ一人くつをはいていた」とあるが、この説明の内容に相当する語(漢字三字)を抜き出しなさい。
問四F「青い顔のうすいくちびるを前に突き出して」の部分から、この人物のどのような様子がうかがえるか、次から最も適当なものを選び、記号で答えなさい。
ア 心の中の怒りを押さえて平静をよそおっている様子
イ 心の中の得意さが隠しきれないで顔に出ている様子
ウ 心の中をうまく言えなくてもどかしがっている様子
エ 心の中の不満をありありと顔面に浮かべている様子
問五「大倉先生」はどのような先生として描かれているか、次から最もよくあてはまるものを選び、記号で答えなさい。
ア 生徒の発言を無視し自分自身の意見を押しつける先生
イ 生徒の感情に左右されず正しいと思うことを通す先生
ウ 生徒の役割を公平にし絶えず級長を交替させる先生
エ 生徒の間違った答えを根気強く訂正して指導する先生
(千葉県)
解答
問一A ウ、B エ、C ア
問二心臓がとんとんと波打った
問三分限者
問四エ
問五イ
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